大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1495号 判決 1965年4月07日
控訴人(附帯被控訴人) 高士政郎
右訴訟代理人弁護士 赤鹿勇
同 木田好三
同 竹内知行
右赤鹿勇訴訟復代理人弁護士 門脇正彦
同 出宮靖二郎 旧名侃二
被控訴人(附帯控訴人) 牧野耕三
旧商号有限会社 牧野工作所
被控訴人(附帯控訴人) 有限会社 牧野自動車工作所
右代表者代表取締役 牧野耕三
右両名訴訟代理人弁護士 村林隆一
主文
原判決を取り消す。
被控訴人らの請求を棄却する。
附帯控訴人らの本件附帯控訴を却下する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人ら(附帯控訴人ら)の負担とする。
事実
控訴人(附帯被控訴人)は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人ら(附帯控訴人ら)の負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら(附帯控訴人ら)は本件控訴を棄却する。原判決中被控訴人ら(附帯控訴人ら)敗訴の部分を取り消す。控訴人(附帯被控訴人)から被控訴人ら(附帯控訴人ら)に対する大阪地方裁判所昭和二五年(ワ)第五三〇号家屋明渡請求事件の和解調書につき、同裁判所が同三四年一二月二三日に付与した執行力ある正本に基づく強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は次に附加するものの外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一、控訴人(附帯被控訴人)の主張
(一) 本件和解調書第二項に、「何等の催告手続を要せず」とあるのは、家屋明渡の強制執行をなすにつき催告を要しないという趣旨であって、賃貸借契約の解除をなすについて催告を要しないとの趣旨ではない。
(二) 被控訴人ら(附帯控訴人ら、以下被控訴人らという。)は昭和三二年一二月分から同三三年一〇月分まで本件賃料を延滞したので、控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)は直ちに本件家屋明渡の強制執行が可能であったが、一度目の延滞だけで執行するのは気の毒に考え、本件和解調書の効力をそのままにして、被控訴人らに対し昭和三三年一一月六日付書面で被控訴人らが前記延滞賃料を支払えば本件和解調書第二項の適用を今回の延滞に限って排除してもよい旨意思表示をしたところ、被控訴人らは同月一一日に右延滞賃料を支払った。したがって、右当事者間に今回の延滞に限って本件和解調書で賃貸借契約の消滅事由を定めた右条項の適用を排除する旨の合意が成立したにすぎず、その後の賃貸借も従前同様和解調書に基づく賃貸借であり、その後別の賃料延滞があれば、和解調書による強制執行は可能である。また、このように解しても、被控訴人に不信行為さえなければ家屋明渡の強制執行を受けるおそれはないのであるから、なんら被控訴人ら主張のように継続的契約関係を不安定にさせるものではない。
(三) しかるに、被控訴人らはその後さらに昭和三四年九月分の賃料の残額一、七二〇円、同年一〇月分および一一月分の各賃料の支払を延滞したので、右延滞を理由に控訴人は昭和三四年一二月二三日本件和解調書に執行文の付与を受けたのである。
二、被控訴人らの主張
(一) 被控訴人らが、昭和三四年九月分の賃料残額一、七二〇円、同年一〇月分および一一月分の各賃料を延滞したこと、ならびに右延滞を理由に本件執行文が付与されたことは認める。
(二) 控訴人主張の昭和三三年一一月六日付書面は、帯滞賃料の催告とその不払を停止条件とする契約解除の意思表示であって、控訴人主張のような本件和解調書第二項の適用を排除する旨の意思表示ではなく、本件当事者間に右条項を排除する旨の合意が成立した事実はない。また、控訴人が右のような賃料催告と条件付解除の意思表示をした事実からみても、本件和解調書第二項は、賃料延滞の場合に少くとも契約解除の意思表示がなければ、契約を消滅させることができない趣旨のもとに成立したことが推定できる。
(三) 控訴人主張のように、被控訴人らの第一回の賃料延滞につき和解調書第二項の適用が排除され、第二回の延滞については右条項が排除できないとするような解釈は、確定判決と同一の効力を有する和解調書に基づく賃貸借契約関係を不安定にさせるものであって許されない。
三、証拠関係≪省略≫
理由
一、左の事実は当事者間に争いがない。
(一) 被控訴人らと控訴人との間の大阪地方裁判所昭和二五年(ワ)第五三〇号家屋明渡請求事件につき昭和二六年七月一六日和解が成立し右和解調書には
(1) 被控訴人らは控訴人から原判決添附目録記載家屋(以下本件家屋という。)を、期限の定めなく賃料は昭和二六年七月分金二、〇〇〇円、同年八月一日からは一ヶ月金三、〇〇〇円を、毎月末日控訴人方え持参支払の約で賃借する。(和解条項第一項)。
(2) 被控訴人らは右賃料債務につき連帯責任を負担し、引続き二回以上賃料の支払を延滞したときは、本件賃貸借契約は当然効力を失い、何等の催告手続を要せず、家屋明渡につき強制執行を受けても異議がない、(和解条項第二項)旨の記載がある。
(二) 被控訴人らは右和解条項所定の昭和三二年一二月分から同三三年一〇月分までの賃料を支払わなかった。
(三) 控訴人は昭和三三年一一月六日付書面で、被控訴人らに対し右延滞賃料を右書面到達後五日以内に支払をなすべき旨の催告およびその支払がないときはこれを条件として本件賃貸借契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をしたところ、被控訴人らは右延滞賃料を前記催告期間内に控訴人に支払った。
(四) 被控訴人らはその後引続き賃料を支払っていたが、昭和三四年九月分の残額一、七二〇円、同年一〇月分および一一月分の賃料の支払をしなかったので、控訴人は右賃料延滞を理由に本件和解調書に昭和三四年一二月二三日被控訴人らに対し執行文の付与を受けた。
二、被控訴人らは、本件執行文はその実体的前提条件である本件和解調書に基づく賃貸借契約解除の意思表示がないのに付与された点に違法があると主張して、執行文付与に対する異議の訴を提起し、その後予備的に、本件和解調書に基づく賃貸借契約が終了し、当事者間に新たな賃貸借契約が成立したことを主張して、右和解調書に対する請求異議の訴を追加したことが本件記録上明らかである。控訴人は、被控訴人らの右予備的請求は訴の変更で請求の基礎に変更があるから許されないと主張する。
しかしながら、民事訴訟法第五四五条の請求異議の訴と同法第五四六条の執行文付与に対する異議の訴とは、ともに債務名義の執行力が欠缺することを確定する点で性質を同じくし、ただ前者は当該債務名義がもともと執行に適しないことを確定するに反し、後者は右債務名義が同法第五一八条にいう条件の未成就のため、現在未だ執行に適する状態に至っていないことを確定する点で相異するにすぎないから、後者の異議は前者の異議の一態様と解すべきものである。したがって、前者の訴を後者の訴に変更(交替的もしくは追加的)すること、または、その逆の場合は、いずれも訴の変更にあたらないと解するのが相当であるから、控訴人の右主張は既にこの点で理由がない。
三、そこで、被控訴人ら主張の異議の存否につき判断する。
(一) 被控訴人らは、本件和解調書第二項は例文であって、被控訴人らが引続き二回以上賃料の支払を遅滞したとき当然に賃貸借契約解除の効果が発生するものと解すべきでなく、控訴人の契約解除の意思表示をまって解除の効果が発生するものと解すべきであると主張する。
しかしながら、裁判上の和解により成立した右条項をもって、単なる例文にすぎない旨の被控訴人らの主張は到底採用できない。
本件和解調書第二項は前記文言によれば、被控訴人らが引続き二ヶ月分以上賃料の支払を怠った場合には控訴人において解除の意思表示も要せず、本件賃貸借契約は失効し、被控訴人らは控訴人に対し本件家屋を明渡すという趣旨であることが明らかである。
また、≪証拠省略≫によると、被控訴人らは昭和二一年頃から控訴人より本件家屋を賃借していたが、被控訴人らが賃料支払を延滞したため控訴人は被控訴人らを被告として大阪地方裁判所に本件家屋明渡請求の訴を提起し、右訴の係属中本件和解が成立したものであること、控訴人は右和解において不承不承被控訴人らに対し本件家屋の賃貸を継続することにした関係から、将来の賃料履行を確保する手段として、賃料不払の場合に相当強力な制裁規定をおく必要があり、そのために本件和解調書第二項の約定がなされたものであることがうかがわれる。右に認定した本件和解成立の事情によれば、右和解条項を前示字義のとおり解釈することが、被控訴人らに苛酷な条件を課し、賃貸借契約の信義則に反するものとはいえない。控訴人が被控訴人ら主張のような賃料催告および条件付契約解除の意思表示をした趣旨は、後記(二)で判断するとおりであるから、控訴人が右意思表示をしたことも前認定を妨げるものではない。
(二) 次に、被控訴人らは、本件和解調書に基づく賃貸借契約は、被控訴人らが昭和三二年一二月分から同三三年一〇月分までの賃料を延滞したため、右調書第二項に従い昭和三三年一月末日の経過とともに当然失効したもので、その後被控訴人らは控訴人主張の右延滞賃料の催告に応じ、さらに賃料の支払を継続して来たから、昭和三三年二月一日以降は当事者間に新たな賃貸借契約が成立したものであると主張する。
先に認定した本件和解調書第二項の趣旨によれば、右調書に基づく本件家屋賃貸借契約は、被控訴人らの前記賃料延滞により昭和三三年一月末日の経過とともに終了し、被控訴人らは控訴人に対し即時本件家屋を明渡すべき義務が発生したものといわねばならない。この点につき、控訴人は、被控訴人らとの間で右不履行に限って右和解条項の適用を排除する旨の合意が成立したと主張するので考察する。本件和解調書第二項のようないわゆる失権約款は、賃貸借契約における賃借人の債務不履行を理由とする法定解除権の行使についての特約を定めたものであるから、法定解除権あるいは約定解除権につき、いったん発生した解除権を消滅させる旨の当事者間の合意が有効であるのと同様、右失権約款に基づく契約終了の効力を消滅させる旨の当事者間の合意もまた有効と解すべきである。本件和解調書第二項の約定が解除権の留保ではなく、賃借人の不履行を解除条件とする条件付行為であるとしても、右結論を左右するものではない。また、前記失権約款は、賃借人の債務の履行を確保する手段として賃貸人の利益のために約定されるもので、特定の債務不履行についてその失権の効果を当事者間の合意によって消滅させることは、賃貸人の不利益となっても賃借人になんらの不利益を課すものではないから、右合意が継続的法律関係である賃貸借契約を不安定にさせるものとはいえない。
ところで、控訴人は前記のように被控訴人らの昭和三二年一二月分から同三三年一〇月分までの賃料延滞につき、その催告および催告期間内における賃料の不払を停止条件とする賃貸借契約解除の意思表示をしたが、右意思表示は被控訴人らが右催告に応じなかった場合は本件家屋明渡の強制執行をすることを通告するとともに、これに応じた場合には、控訴人において被控訴人らの過去の債務不履行の責任を宥恕する意思を表明したものと認められるから、被控訴人らが右催告に応じてその債務を履行した以上、右失権約款によって控訴人と被控訴人らとの間に右債務不履行に基づき賃貸借契約が終了した効果を消滅させる旨の合意が成立したものと認めるのが相当である。
そうすると、右合意によって、昭和三三年二月一日以降当事者間には本件和解調書に基づく従前の賃貸借契約が継続されるにいたったものと解すべきであって、被控訴人らの前記主張は採用できない。
(三) そして、被控訴人らは前記のようにその後昭和三四年九月分賃料の残額と同年一〇月分の賃料を引続き延滞したのであるから、右延滞によって本件賃貸借契約は同年一〇月末日の経過とともに当然失効し、被控訴人らは控訴人に対し本件家屋を明渡すべき義務があることが明らかである。したがって、被控訴人らの右債務不履行を理由として本件和解調書に本件執行文が付与されたのは適法である。前記失権約款が和解調書で約定された場合、賃借人である被控訴人らに賃料の延滞があれば、本件家屋明渡の執行力を生ずることが和解に基づく当然の効力であって、失権約款が効力を生じていったん賃貸借が終了したとしても、債務名義である和解調書の効力を左右するものではない。したがって、当事者間で右失権約款の効力を特定の債務不履行につき消滅させる旨の合意が成立しても、その後被控訴人ら側にさらに賃料の延滞を生じた場合、控訴人が右債務不履行を理由とする失権の効力を主張することになんらの妨げはなく、このような結果が和解調書の効力を不安定にさせるから許されないとする被控訴人らの主張は理由がない。
四、そうすると被控訴人ら主張の異議はいずれも理由がないから、本訴請求はこれを棄却すべきであり、これと趣旨を異にする原判決は取消を免れない。また、被控訴人らの本訴請求は訴の併合とみるべきものではないことは前段二で判断したとおりである。したがって原審が排斥した被控訴人らの執行文付与に対する異議も被控訴人らの附帯控訴をまつまでもなく、当裁判所はこれを審判の対象にできる筋合であり、また、原審で請求に関する異議が認容されて勝訴した被控訴人らにとって、右執行文付与に対する異議を主張して附帯控訴をする利益もないから、本件附帯控訴は利益を欠き却下すべきものである。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条、第八九条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 熊野啓五郎 判事 斎藤平伍 兼子徹夫)